人工繁殖の成功例であり,フクちゃんの故郷

2018年8月,ついに念願叶い,クイーンズランド州のテーマパーク「ドリームワールド」を訪ねることができました。ウォンバットファンとしてドリームワールドに注目する理由は2つ。一つは,パーク内の動物園が2006年にコモンウォンバットの計画繁殖に成功していること。もう一つは,あの五月山動物園のフクちゃんの故郷が,このドリームワールドだということ! IMAG0818 五月山動物園に行ったことがある人は見たことがあるであろう,フクちゃんの輸送箱に掲示されている説明書きです。五月山動物園では,この箱に入って輸送待ちのウォンバットの気分を体験できます(?)。 IMAG0819 シドニー空港での乗り継ぎを示すステッカーとともに,ドリームワールドのロゴが側面に貼ってあります。 IMAG0497 ドリームワールドのエントランス。フクちゃん箱のロゴと同じ! 施設そのものは大型遊園地で,ジェットコースターやフリーフォールなども見かけたような気がしますが,詳細はほとんど覚えていません(ウォンバットのことしか考えていなかったため)。

現在のドリームワールドのウォンバット展示状況は?

パークに入り,動物園コーナー「オーストラリアン・ワイルドライフ・エクスペリエンス」のある奥の方へ向かうと,ウォンバットのバナーをいくつか発見。 IMAG0498 このチャーミングなお顔はミナミケバナウォンバットです。計画繁殖に成功したという2000年代に飼育されていたのはコモンウォンバットですし,フクちゃんももちろんコモンウォンバット。今はミナミケバナを中心に飼育しているのでしょうか……? どんどん奥へ進んでいきます。

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アボリジニ・アートの岩壁を模した一角に,どうやらウォンバットはいそうです。 IMAG0510 中央の木の洞のような構造物を見ると…… IMAG0501 いました! ミナミケバナウォンバットが一頭,砂山の上で涼んでいます。放飼場はミナミケバナウォンバットの棲息地である南オーストラリア州等の土壌に模して作ってあるのでしょうか。周囲はエミューやワラビーがいたと思いますが,よく見まわしてもウォンバットはここにしかいないようでした。

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古い手持ちのスマホでズーム撮影したため画質がよろしくありませんが,こちらを振り向いてくれた瞬間を撮ることができました。この穴は向こう側まで続いていそうに見えますが,実際は行き止まりです。 IMAG0509 壁際で日影になる位置に小窓が設置され,「ふだんここで寝ます」との掲示。実際にこの窓から観察できるような位置には来ませんでしたが,ウォンバットは日影を楽しめるし,人間は大接近を楽しめる,おもしろい工夫だと思いました。 IMAG0500 掲示物。「滑らかな茶灰色の毛を持つ点でコモンウォンバットと異なります」だそうです。

フクちゃん,そしてアヤハさんのことを覚えている方が

さて,いま飼育されているウォンバットもかわいいですが,フクちゃんの話もできればお聞きしたいところです。なるべくお忙しくなさそうな職員さんを捕まえて「10年ほど前にこちらから日本にウォンバットを輸出しているはずなのですが,そのことがお分かりになる方はいらっしゃいませんか……」と尋ねたところ,「どこかの飼育員さんですか?」と尋ね返されてしまいました。恐縮しながら「ただのウォンバット好きの一般人です……」とお返事すると,10年以上同園で勤務されている Sue さんという方を紹介してくださいました。 IMAG0511 写真中央が Sue さんです。ちょうどこれからワニのエサやりショーのお仕事。簡単にあいさつして,先にショーを見学することにしました。丸鶏を棒に括り付けて与えており,ワニもちょっと頑張らないと届かない絶妙な高さまで見事に水面から跳ね上がってきて,見ごたえ抜群でした。

ショーの終了後,いよいよ本題を切り出します。以下,手元のメモをもとにした会話の再現です。
Yuto: 10年ほど前に,こちらから日本にウォンバットを送っていただいたはずなのですが,そのことについてお分かりになりますか?
Sue: えーと,確かそのはずですね。10年も前でしたか。
Y: 2007年という記録なので,正確には11年前,Hector というオスのウォンバットを送っていただいたかと思います。
S: Hector ね! 思い出しました。ちょうど私がここで勤務を始めた頃です。
Y: よかった! ドリームワールドからやって来たという記録を頼りに,今日ここで Hector の話を聞けたらと思って日本からやって来たので,ご存知の方がいて嬉しいです。Hector は若い頃はどんな子だったんですか?
S: 若い頃の Hector はよく寝ていました。それから,すぐに噛んでくるやんちゃっ子でしたよ。(囲いの中に入って)作業するのは大変でした。日本でまだ生きているんですか?
Y: はい,まだまだ元気です。そうだ,ウォンバットテレビというものがあって,ライブ動画で Hector の様子を見られるかもしれません。(うまくスマホを園内Wi-fiに接続できずウォンバットテレビを表示できない。)うーん,うまくいきません。でも写真があります。(こんなこともあろうかと予め仕込んでおいたフクちゃんの写真をお見せする。)
S: 間違いない,Hector ですね! 大きくなって。……というか太ったのかな?
Y: そうなんですか?(笑) でもこの子は日本のウォンバットの中でも人気ナンバーワンですよ! 英語名の発音に近く,幸運を意味する「フク」という日本名で親しまれています。いま日本にウォンバットは7頭いて,この五月山動物園にはそのうち5頭がいますが,Hector は間違いなくとても大勢のファンから愛されています。
S: それは素敵ですね。Hector よかったわね。
Y: それと,Hector の他にもう1頭,メスのウォンバットが送られているのですが,ご記憶にありますか?
S: そうですね,つがいで送ったと思いますが,名前は何だったか…… Beth…… いや Bella だったかな?(※実際はアヤハの英語名は Henna だそうです。)
Y: 残念ながらそのウォンバットは既に亡くなってしまったのですが,未だに大切に想われていてしばしば Twitter などで話題に出てきます。そのこともお伝えしたいと思って来ました。
S: ありがとう。
Y: もう一つお話したいことがあります。こちらで計画繁殖に成功したという論文も拝見し,大変興味深いと思っています。(印刷した論文をお見せする。)
S: ああ,この論文ですか。
Y: いま Hector のもとにはタスマニアから Potato という名前の若いメスのウォンバットがパートナーとして来ていて,動物園ではこのペアでの繁殖に取り組んでいます。論文に書いてある Bart と Milly はそれぞれ15歳と4歳ということで,現在の Hector / Potato のペアと年齢関係が近いということも興味を持つ理由です。この Bart や Milly についてお話をお伺いできますか。
S: この論文はたしかにうちの動物園の出しているものです。(共著者の)Michele Barnes はその後ここの園長になっていますよ。論文には計画繁殖が成功したと書いてありますが,運がよかったのもあるでしょう。Bart は(この論文の後も)この園に暮らしていましたが,残念ながら数年前に亡くなってしまいました。Milly は少し前にイプスウィッチへと転出して今でもそこで暮らしています。
Y: そう言えば放飼場にミナミケバナウォンバットが1頭しかいませんでしたが,今はドリームワールドにはコモンウォンバットはいないのですか?
S: ドリームワールドにコモンウォンバットはまだいますよ。ただ展示していないのです。バックヤードで飼育しています。……さて,もう少ししたら,次のショーの準備に行かなければ。ウォンバットの別の担当者で,日本語が分かる Nick という飼育員がいるので,彼に話を引き継いであげましょう。
Y: ありがとうございます。
S: (無線で連絡を取ってくださる。)15分後にコアラの写真スポットの前で待ち合わせてください。Nick がいろいろ話してくれるはずです。
Y: 助かります。あの,最後に不躾なお願いなのですが,もし可能なら日本のファン宛てに Hector の応援ビデオメッセージを頂けたりしませんか?
S: それは楽しそうな提案ですが,園の規約でそういうことは制限されていて,ごめんなさいね。でも,Hector が日本で楽しく暮らして長生きすることを願っていますよ。
Y: 今日はお忙しいところを丁寧にありがとうございました。
以上はボイスレコーダー等を用いたわけではなく,メモと記憶を頼りに再現した会話ですので,不正確な部分があるかもしれません。この後,会話の中に出てきた Nick さんにもお話を伺うことができ,さらに数点詳しい情報を得る事ができました。

  • 大陸亜種のコモンウォンバットを2頭,3か月前まで飼育しており,その後他に転出した。27~28kgの個体だった。(※これが前出の Milly のことか,さらに別の個体かは不明。)
  • コモンウォンバットは,現在バックヤードでタスマニア亜種を1頭(15歳・♂・16kg程度)飼育している。
  • ミナミケバナウォンバットは,16歳のオスと21歳のメスの2頭を飼育している。
  • バックヤードツアーを実施している。これに申し込めば,コモンウォンバットにも会うことができる。

時間さえあればまだまだ尋ねたいことはたくさんありましたし,せっかく頂けたお話の機会になかなか上手に質問ができなかったのも悔しいところですが,それでもいろいろな情報を得ることができました。何より,フクちゃんアヤハさんを直接ご存知の飼育員さんがまだこちらに在職され,直にお話を聞くことができ,日本でいかに愛されているかを伝えることができたことが今回の訪問の何より嬉しい点でした。機会が許せばまたドリームワールドに行ってみたいです。